華やかな衣に身をつつみ… -ながさき丸山華まつり
童話館がある長崎市中町から路面電車と徒歩で20分ほどの場所に、かつて花街 丸山がありました。この丸山は1642年、官命により長崎各地にあった遊女屋を1か所に集めたのがはじまりで、江戸の吉原、京都の島原、大阪の新町、伊勢の古市(幕府非公認)とならび、日本五大遊郭(花街)のひとつでした。
幕府公認の遊郭である丸山の遊女たちは、鎖国時代も出島や唐人屋敷への出入りを許されていました。南蛮貿易などで潤った丸山は、三大花街のひとつとして名があがることもあるほどの華やかさを誇ったそうですが、その裏で遊女たちは苦界と言われる苦しい生活を強いられていました。そんな遊女たちの心のよりどころとなっていたのが「梅園天満宮」です。梅園の名前のとおり、梅の木にとり囲まれたお宮は、梅の季節になるとたくさんの梅の花が訪れる人たちの目を楽しませてくれます。境内には願いを叶えてくれる「恵比須石」、「撫で牛」、「歯痛狛犬」など、少し変わった縁起物もあります。
また、丸山は井原西鶴の小説「日本永代蔵」にその名が登場するほど繁栄し、「引田屋花月楼」(現 史跡料亭「花月」)には、頼山陽や勝海舟、坂本龍馬、岩崎彌太郎などの偉人たちが訪れていたそうです。
そんな丸山を舞台にした小説「長崎ぶらぶら節」(なかにし礼 作)の映画化(2000年)をきっかけに、地元を盛りあげようと始まったのがこの「ながさき丸山華まつり」です。11月の第2土曜・日曜に梅園天満宮を中心に、丸山地区の文化や歴史を再現・継承する目的で行われています。長崎検番(芸妓衆のお稽古やお座敷への手配などを行う)による踊り奉納などの伝統芸能が披露されたり、「子どもみこし」や女性がみこしをかつぐ「女みこし巡幸」、「花魁道中」などが催されます。「花魁道中」は、丸山から観光地として有名な眼鏡橋までを人力車や徒歩で往復します。豪華絢爛な花魁の姿を間近で見られる貴重な機会としてにんきでしたが、残念ながらスタッフの高齢化などの理由から昨年で終了してしまいました。「ながさき丸山華まつり」は、今後も踊りの奉納や子どもみこしなどをメインに継続していき、今年は2日間とも見られる長崎検番の踊り奉納が目玉企画として行われました。
昨年の「花魁道中」のようすを、花魁役をつとめたタナカハルナさんのYoutubeチャンネルで見ることができますので、ご興味のある方は、ぜひ、見てみてください。
私は長崎市出身ですが、この丸山地区は繁華街ということもあってあまり行ったことがなく、「ながさき丸山華まつり」のことも知りませんでした。しかし、今回の記事をとおして、学生のころ教科書で学んだ歴史上の人たちと深くかかわりのある場所が地元にあるということ、丸山地区が花街としてとても栄えていたことなどを改めて知ることができ、とてもいい機会になりました。これからまだまだ自分の知らない地元の魅力を勉強していけたらいいなとも思いました。
今年の「ながさき丸山華まつり」は終了してしまいましたが、童話館のあるここ長崎市には、このように歴史や伝統が詰まった魅力的な場所がたくさんあります。ご旅行を計画する際には、こういった場所も候補のひとつにしていただければ嬉しいです。
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