シリーズ〈今月の1冊〉- 2025年5月『きみの町で』
今月、ご紹介したい1冊は、「ぶっくくらぶ」の「小さいぺんぎんコース」(およそ11才~12才)でお届けしている、重松清の『きみの町で』です。
この作品は、重松清監修の「こども哲学」シリーズ(オスカー・ブルニフィエ/著 西宮かおり/訳 重松清/監修 朝日出版社)から生まれた7つの短編物語に、東日本大震災以降新たに書き下ろされた「あの町で」が加わった作品です。
前者は、「自分って、なに?」「自由って、なに?」と、「哲学的な問いかけ」、かつ「子どもならではの目線」での物語が展開していきますが、いずれも、とても読みやすく、考えさせられるものばかりです。
たとえば、ひとつめのお話「よいこととわるいことって、なに?」をご紹介してみましょう。
このお話の場面は、電車のなか。小学生の男の子が席に座っていますが、その前には、ふたりのお年寄りが立っています。「席を譲ることはよいこと」とわかっているけれど、でも譲ったとしても座れるのはひとりだけ。より年をとっているほうに声をかけるべきか?でもそれは失礼なのでは?まわりの人たちから「あの子、席を譲らないの?」と思われているような気がする…。どうしよう…。ドキドキして目をそらし、うつむき、寝たふりをする…。そんな場面が描かれています。
もうひとつ。新たに書き下ろされた「あの町で」は、東日本大震災がモチーフになっています。津波によって、家族や友だち、家、仕事といった「日常」をなくしてしまった人たちのこと。原子力事故によって住んでいた場所を離れ、手放さざるを得なかった人たちのこと。それでもいつものようにめぐってくる季節…。そのなかを生きる人たちの葛藤やたくましさが感じられ、ニュースで見ていた遠い町のできごとが、とても身近になり、いろいろなことを考えさせられる作品でもあります。
いずれも、身近なできごと、誰にでもおこりえるできごとをきっかけにしているため、読者もきっと、主人公と同じように考えたり葛藤したりしながら、読み進めることができるでしょう。
「哲学」と聞くと、「人生・世界、物事の根源のあり方や原理を理性によって求めようとする学問」とあり、むずかしそう、と敬遠していましたが、この本のなかで問われているように、どれも私たちが生きるうえで大切なことばかりです。なかには「子どものころの自分に読ませたい」もの、そして「これから先の人生のために読んでおきたい」もの、「今の私に寄り添ってくれる」ものもあります。しかも、重松清の特徴でもある、平易な言葉とやわらかい表現で、私たちにやさしく語りかけてくれます。
じつは私自身も、当時中学生だった息子から勧めてもらった1冊でした。この本をきっかけに、思ったことについてお互いに話し合い、それ以降私たちはすっかり重松清の大ファンにもなっています。
この本が出版されてすでに10年以上。私たちの環境もさらに大きく変わり、たくさんの言葉とたくさんの情報のなかを生きています。けれど、この本が示してくれているように、自分で考えつづけることをますます大切にしなければならない、と改めて感じています。
みなさんもぜひ、この機会に手にとられてみてはいかがでしょうか。
(担当:F)
『きみの町で』
重松清/著
ミロコマチコ/絵
朝日出版社
「童話館ぶっくくらぶ」での配本コース ▶「小さいぺんぎんコース」(およそ11~12才)
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