大人が、絵本を読んでもらう夜|「えほんとよはく 第一夜」を終えて
大人が、絵本を読んでもらう夜|「えほんとよはく 第一夜」を終えて
夜の九時。画面のなかには、お風呂上がりの、パジャマ姿の人たち。すっぴんだったり、少し疲れた顔だったり、けれどどこかほっとした表情で集まってくださいました。
「えほんとよはく」の第一夜は、そんなふうに始まりました。
会の冒頭ではnanadecorの神田さんから会の趣旨についてお話をいただきました。
「えほんとよはく」は、長いお付き合いのあるnanadecor と、こどもの本の童話館グループが一緒に、新しく始めた夜の読書会です。これまで nanadecor では瞑想会など、心を落ち着ける時間をつくってきました。そこに、絵本という時間を加えてみたい——そう考えたのが、この会のはじまりでした。
パジャマにくるまってベッドに入る、あの時間。ただ眠りに落ちるだけの時間が、絵本が一冊あるだけで、ごほうびのような時間に変わる。子どもを寝かしつけるためではなく、自分のために。その感覚をみなさんと分かち合いたくて、あえて夜の遅い時間に設定しました。
童話館という会社のこと

童話館出版・編集長の川口かおるから、会社についてお話ししました。
童話館は、長崎で四十五年にわたり、こどもの本の専門店と出版社をしてきた会社です。ここで言う「絵本」とは、美術であり、文学であり、そして質のよい物語を持つもの。その根には、子どもたちが幸せに暮らせるようにという願いがあります。
けれど実際のところ、癒されたり、気づきを得たりしているのは、読んでいる大人のほうかもしれません。この会が生まれた理由も、そこにあります。
選書の基準についても、あらためてお伝えしました。

ひとつめは、絵が美しいかどうか。子どもにとって絵本は、はじめて出会う美術です。クラシックなもの、ユーモラスなもの、線画、シンプルなもの。国内外を問わず、作者の顔ぶれのバランスも考えながら選んでいます。
ふたつめは、言葉が美しいかどうか。
そして三つめ、いちばん大切にしているのが、物語が人間とこの世の中の真実をきちんと語っているかどうかです。学校や親は「頑張れば報われる」「仲良くしなさい」と、どうしても表面的なことを言いがちです。そうではなく、喜怒哀楽という人間の感情をきちんと描いた作品を選んでいます。
だから童話館の絵本には、意地悪な人も、困った子も、いたずらばかりする主人公も出てきます。何かを教え込むためでも、消費に駆り立てるためでもなく、心を自由にするための本を選んでいるからです。
それぞれの、絵本との距離
読み聞かせの前に、参加されたみなさんに、いまの体調や気分、そしてこれまでの絵本との関わりを一言ずつ話していただきました。
三人のお子さんを育てながら絵本にどっぷりはまったという方。子どもはいないけれど、幼い頃に絵が好きな本を何度も眺めていたという方。文字を読むのが少し苦手だという方。イギリスの絵本コーナーが可愛くて買って帰るものの、結局読まずに本棚に眠っているという方。以前リアルの会に参加して「大人こそ読んでもらったほうがいい」と感じたという方。
出産を控えてつわりの続く方も、仕事帰りの車のなかから耳だけで参加してくださった方もいました。
絵本との距離も、いまの状況も、それぞれ違う。けれど同じ夜に、同じ一冊を聞くために集まってくださいました。
『おちゃのじかんにきたとら』

この夜に選んだのは、ジュディス・カー作、晴海耕平訳『おちゃのじかんにきたとら』。
童話館出版の、いわば四番打者です。イギリスで1968年に生まれ、童話館が日本語版を出したのが1994年。すでに四十刷を超えています。
書店の商業ルートには乗らなかった本を拾い上げて出版してきた——それが童話館出版という会社です。表紙が映えるかどうか、キャラクターが際立っているかどうか。そうした基準で選ばれていく棚から、こうした名作はこぼれ落ちていきます。
物語はごく短く、ソフィーという女の子と母親のお茶の時間に、とらが訪ねてくるところから始まります。そこから先は、ぜひご自身で味わっていただきたいところです。
川口が本を手元でめくりながら、ゆっくりと読みました。
読み終えたあと、みなさんの表情と声が、あきらかに変わっていました。
湧いてきたことを、そのまま
読み終えてすぐ、解説はせずに、感じたことを分かち合う時間をとりました。
「これは事件じゃないんだ、と思った」。多くの方が、この家族の受けとめ方に驚いていました。大惨事になってもおかしくない状況を、むしろ楽しんでいる。お父さんも、帰ってきて話を聞いて、外食に行こうと言う。
「とらが食べているあいだ、女の子が尻尾にすりすりしているところが可愛くて」という声もありました。
読み聞かせをする側だった方からは、こんな発見が語られました。いつも文字を追ってしまうけれど、今日は読んでもらう側にまわって、はじめて絵をじっくり見た。子どもはこんなふうに、耳で言葉を聞きながら絵を見ていたのか、と。
イギリス人の配偶者がいる方は、動じない姿勢に文化を感じたと話してくださいました。日本人なら、ケーキやディナーを食べ始めた時点で止めに入ってしまうかもしれない、と。
途中で眠くなってしまった、という方もいました。カメラをオフにして、文字が見えなくても、絵を見ながらぼんやりと聞いていられた。それがとてもよかった、と。
意味を考えてしまった、うまく言葉にできない、という声も複数ありました。
余白のこと
分かち合いを受けて、川口が少しだけ背景を添えました。
しっかりと描かれたイギリスのティータイム。作者がファッションやインテリアの仕事をしていたこと。だから少女の服も色合いも洗練されていること。とらの言葉づかいが驚くほど礼儀正しく、母親の返しもまた対等であること。そして、お父さんが妻の話を聞きながら、実はけっこう困った顔をしていること。
最後の場面には、気づいた方だけが気づく小さな仕掛けもあります。
人生には、予測もしないことや困難がたくさん起こります。それをこんなふうに受け入れて、なんとかやっていく。奇想天外な話を、そのまま受け入れてみる。この作品の魅力は、そのあたりにあるのかもしれません。
ただ、と川口は続けました。今日はあまり解説をしないようにしました、と。
今日読んでもらった感想と、明日と、十年後では、全然違うと思うんです。それが絵本の魅力で、まさに余白です。わからないものを無理に言葉にしなくてもいい。飴玉を口のなかで転がして楽しむような感覚で味わってもらえたら。
会の名前に「よはく」と入れた理由が、この一時間のなかにありました。
最後は、記念の一枚を撮って終わりました。何も考えず、余韻に浸ったまま眠ってください——そうお伝えして、画面を閉じました。
次回以降のご案内
「えほんとよはく」は、毎月ひらいていきます。
書店には並ばない、けれど長く読み継がれてきた名作を、毎回一冊ずつ。読み聞かせを聞いて、感じたことを分かち合って、そのまま眠る。そんな夜をご一緒できたらと思っています。
はじめての方も、絵本から長く離れている方も、どうぞお気軽にお越しください。読んでもらうという体験は、大人になってからのほうが、しみるかもしれません。
[第二夜]働く乗り物えほん — 自分らしく進むって?
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[第三夜]誕生日プレゼントがまさかの…! そこから始まるユーモアたっぷりの物語
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[第四夜]独創的なスパイシーなおはなし
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パジャマでも、すっぴんでも、耳だけの参加でも。カメラをオフにして、横になって聞いていただいてもかまいません。
お待ちしています。
今回紹介した絵本|おちゃのじかんにきたとら

ある日、ソフィーとお母さんがお茶の時間にしようとしていると、「ごめんください、お茶の時間にご一緒させていただけませんか」と毛むくじゃらのとらがやってきます。
とらは2人にすすめられるまま、食べすすめ、ついには、家中の食べものも飲みものもなくなってしまいました!
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