シリーズ〈今月の1冊〉 - 2024年4月『赤毛のアン』
今年度より、新しいシリーズ<今月の1冊>をスタートしました。
「童話館ぶっくくらぶ」の全配本コースの当月の絵本・本から、1冊ご紹介してまります。どうぞお楽しみに!
第1回目の今回は、「小さいジュニアコース(およそ13~14才)」の『赤毛のアン』です。
絵本の定期便「童話館ぶっくくらぶ」とうたっていますが、子どもの成長にともない少しずつ「絵本」から「読みもの」へと移行していくような工夫と仕掛けをしています。そして、「読みもの」のコース「小さいジュニアコース」のなかの1冊として、『赤毛のアン』はラインナップされています。
世界じゅうで長く愛されてきた名作ですので、きっと多くの方がご存知でしょう。情熱的なファンも多く、アンとともに育ち、アンとともに青春時代を過ごし、私生活にも影響を受けてきたという方も多くいらっしゃるようです。
日本で、初めて“アンの物語”が出版されたのは1952年。その後、数々の翻訳者や出版社によって手がけられ、さらには本だけではなく、アニメーション、映画、ミュージカルなど、さまざまな形で表現されてきました。
アンのグリーン・ゲーブルズでの暮らしは、このように始まります。
カナダ東部のプリンス・エドワード島グリーン・ゲーブルズで暮らす老兄妹マシューとマリラ。ふたりは孤児院から男の子を引き取るはずだったのに、迎えに行った駅で待っていたのがアンだったのです。
そしてここから、そそっかしくて、おしゃべりで、想像力豊かなアンがひきおこす数々のできごとを中心に、物語は展開していきます。ライバルのギルバート、〈宿命(さだめ)の友〉ダイアナ、村の人たちなど、アンを取りまく登場人物も個性豊かで、人間味あふれ、これらも作品を支える魅力のひとつです。
さて、そんな『赤毛のアン』の魅力について、少し深掘りしてみましょう。
まずはなにより、描写の豊かさとすばらしさ。とりわけ、自然や風景の描写は言い得て妙で、その風景が目の前に現れるようです。改めて、言葉だけを手がかりに想像を膨らませていく本の世界の豊かさに気付かされます。
ニューブリッジの人たちが〈並木道〉とよんでいるのは、枝をのばしたリンゴの大木が、頭上をすっぽりおおっている、四、五百ヤードほどつづく道だ。ずらりとならんでいるリンゴの木は、もう何年も前に、変わり者のお百姓のじいさんが植えたものだった。頭の上を、雲のように白い、あまく香る花の幕が、どこまでもおおっていた。ふとい枝の下には、たそがれどきの薄むらさき色の空気がただよい、道のはるかさきで、絵にかいたような夕焼け空が、大聖堂の通路のつきあたりにある、大きなばら窓のようにかがやいていた。
いかがでしょう!
アンがマシューの馬車に乗って、駅からの道を走っていく、そのときのようすです。視覚はもちろん、香りまでただよってきそうな描写にただただうっとりさせられます。
そしてその描写は、登場人物の人がらにも、もちろん発揮されます。
マシューの朴訥な人がら、マリラの表面からはわかりにくいけれど善良で愛情深いところなど、その表現力はみごとです。きっと読者も、人間のさまざまな面を知り、誰しも弱さや矛盾を抱えながら生きていることを感じられるのではないでしょうか。
そしてもうひとつ。今なお際立つ魅力は、随所に希望と示唆が散りばめられているところです。
アンは決して恵まれた境遇ではありません。両親を亡くし、その後も、働き手として迎えられたり孤児院へ預けられたりしますが、これまで心から迎え入れられ心安らいだことはありませんでした。赤毛で、痩せっぽちな外見もコンプレックスです。それでもアンは、持ち前の想像力と言葉の力で(文中ではたびたび「おしゃべり」と表現されますが)、現状を嘆くばかりではなく、自らの力で人生を切り拓いていきます。失敗をくり返しながらも、人とのかかわりをとおして自分を見つめなおし、聡明な女性へと成長していく姿に、読者は憧れたり希望を抱いたりしながら読み進めていくでしょう。また、アンのせりふには、ハッとするような名言もたくさんあり、古典や詩歌からの引用が多いのも特徴です。
『どんなことでも、その気になりさえすれば楽しめるものだって、いままでの経験からわかっているのよ。もちろん、ただその気になるのじゃなくて、断固その気にならなくちゃだめだけど。』(第5章「アン、身の上話をする」)
『まがり角のむこうになにがあるか、いまはわからないけど、きっとすばらしいものが待っていると信じることにしたわ。それに、道がまがっているというのも、またなかなかいいものよ、マリラ』(第38章「アンの道、決まる」)
もちろん、うまくいかないことも多いですが、それでも、アンの言葉がいつも、寄り添い、励ましてくれ、しあわせとは状況そのものではなく、私たちの心のなかにあることを教えてくれます。
最後にもうひとつ。『赤毛のアン』では、随所に登場する、植物、知名、お料理やお菓子、住まいやライフスタイルなどの細やかな描写も魅力のひとつです。
身支度を整え、意思と相手への敬意をもとに、身にまとうものを選ぶことなど、物語には、そんな描写がたくさん登場します。時代も国も生活スタイルも時間の流れもまったく違いますが、私たちに、身の回りのもので手作りすること、日々をていねいに、堅実に暮らすことの喜びと、その確かさを思いださせてくれます。
と、このように魅力あふれる『赤毛のアン』。
私とアンとの出会いは、1度めが幼いころテレビで見ていたアニメーション。2度めが、近所の男子大学生から貸してもらった赤い表紙の単行本。それから何度となく、何人かの翻訳本を読みましたが、この歳になって再読してみると、登場人物のひとりレイチェル・リンド夫人の魅力を再発見することができました。なんといっても、この物語はまず、このリンド夫人の視点でひたすら語られていくことも、今回の気づきです。(読まれた皆さん、覚えていたでしょうか?)
このように、再読することで、以前は気づかなかったことや、「いいなあ」と思わなかったことに、出会いなおすことができるのも、本や読書の魅力です。ぜひ、新たな『赤毛のアン』に出会いなおしていただければと思います。
そして、そんな珠玉の作品との出会いをもたらしてくれる「童話館ぶっくくらぶ」も、ぜひご利用ください。本の魅力と豊かさに出会い、その物語の奥深さに魅了されるでしょう。そして、やがて、本の国の住人となってくれるはずです。お子さんはもちろん、大人の皆さんもどうぞ!
(担当:C)
『赤毛のアン』
ルーシー.モード・モンゴメリー 著
掛川恭子 訳
山本容子 絵
講談社
「童話館ぶっくくらぶ」での配本コース ▶「小さいジュニアコース」(およそ13~14才)
この記事をシェアする