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『銀河鉄道の夜』に思いをよせて 賢治忌 ー9月21日


 

賢治忌

空が夏から少しずつ秋に変わりはじめ、吹く風にも季節の移ろいを感じる今日この頃。
日の入り、そして一番星の現れも早くなりました。暗闇に目が慣れたころ、夜空にボワァ~とうっすら光る天の川が見えてきます。

「このなかをあの汽車はすすんでいるのかな?」

そう、夜空を見上げると私がいつも思い出してしまう童話、それが宮沢賢治作の『銀河鉄道の夜』なのでした。

 

宮沢賢治。詩人でもあり童話作家でもある彼は、37才という若さでこの世を去ったにもかかわらず、その後の文学界に多大な影響を与えています。

1896年、岩手県花巻市生まれ。鉱物採集や昆虫の標本作りが好きな少年だったようです。岩手県立盛岡中学校を経て、盛岡高等農林学校へ入学。ここでのちに賢治の農業の基盤となる土壌学を学びました。25才のときに上京するも妹の病気であえなく帰郷。その後、岩手にて地域文化活動や農業指導の傍らに詩や童話の創作に励みますが、9月21日、37才で永眠しました。

宮沢賢治の代表作は挙げればきりがありませんが、『注文の多い料理店』、『風の又三郎』『雨ニモマケズ』『セロ弾きのゴーシュ』など、教科書に載っている作品もあるので授業で読んだ方も多いのではないでしょうか。

 

なかでも冒頭でご紹介した『銀河鉄道の夜』は私のなかに深く残っている作品です。

銀河鉄道の夜貧しい少年ジョバンニは不在の父の代わりに病気の母を支えるため、仕事をしながら学校に通う日々。以前はとても親しかったカムパネルラとも自然と距離ができ、お祭りの夜も仕事に行くジョバンニは友だちとお祭りにでかけるカムパネルラとは視線を交わすだけでした。仕事を終えたジョバンニが丘の上の草むらに寝転がっていると、どこかで「銀河ステーション」という不思議な声が。気がつくとジョバンニは列車の座席に座っていました。すぐ前の席では、背の高い子どもが窓から顔をだして外を見ています。どうも見たことがある姿だと思っていると、振り返ったのはお祭りに行ったはずのカムパネルラなのでした。

 

こうして始まるジョバンニとカムパネルラの銀河鉄道の旅。小学生の私はタイトルからキラキラした星の世界をめぐる旅のお話だと思って読んでいました。けれど途中から漂ってくるほのぐらさ。それがとても気になって夢中になって読んだ記憶があります。結末を知ってからだと、カムパネルラが胸中を吐露する場面に、どうしても涙してしまいます。

 

「ぼく、わからない。けれども、だれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばんしあわせなんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う。」

 

しあわせ、みんなのしあわせ、いちばんのしあわせ、ほんとうのさいわいとは…

ふたりがめざすものはとても大きなものです。ここにイーハトーヴと名づけた架空の理想郷を通して、作者である宮沢賢治が目指した世界が見えてくる気がします。

そして旅を続けながら、自分の力ではどうしようもないことに直面したジョバンニに、乗りあわせた灯台守がかけてくれる言葉は何年たっても色あせることはありません。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでも、それが正しい道を進む中でのできごとなら、峠の上りも下りもみんな、ほんとうの幸福に近づくひと足ずつですから。」

長く読み継がれてきたお話には、苦しいなかに勇気をくれる力が、言葉があると私は信じています。そんな大切にしたい言葉をいくつ心に持っていけるかは、目に見えなくとも自分のなかにある財産のひとつになりえるとも思います。何かを決めるとき、何かに一歩踏みだすとき、背中を押してくれるひと言に会いたいがために本を開くのかもしれません。

 

天気輪の柱、琴の星、白鳥の停車場、プリオシン海岸、青宝玉、さそりの火、ケンタウル祭…
宮沢賢治が残した輝く言葉の星のなかをあなたも旅してみてはいかがですか。

(担当:A)

 


銀河鉄道の夜『銀河鉄道の夜』

 作:宮沢賢治
 偕成社

「童話館ぶっくくらぶ」での配本コース  ▶「大きいジュニアコース」(およそ14~15才)

 

 

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