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【いま、この本を】『ぼくはここにいる』スペシャル対談


ぼくはここにいる

 

童話館出版では、絵本だけではなく、小学校中学年くらいから中学生、いえ大人まで楽しめるような読み物の作品もたくさん出版しています。今回は、読み物のなかから一冊ご紹介いたします。

 

『ぼくはここにいる』 さなともこ 作 かみやしん 絵

 

もともと、絵本、読み物ともに、“海外作品の翻訳物”が多かった童話館出版ですが、近年は、できるだけ、日本の、今を生きる子どもの環境や感覚に近い作品も届けていきたいと思い、国内の作品探しにも力を入れてきました。この作品も、そんななかで出会った一冊です。

 

作者はさなともこさん。

さなともこさんといえば、童話館出版の『ポーラをさがして』の作者でもあります。
2012年に『ポーラをさがして』を復刊することになった際、私どもとしてはこの『ぼくはここにいる』も一緒に出版契約を結ぶつもりでいましたが、作者のさなさんは、あまり乗り気ではなさそうでした。

 

「さなさん、『ぼくはここにいる』もどうでしょう?」

「そうねえ〜」

「ぜひ出版しましょうよ!」

「うーん。そうねえ。うーん」

 

といった調子で、はっきり断られはしないものの、いいお返事はもらえないという状況がしばらく続いていました。

 

それから数年。

 

『ポーラをさがして』の編集をしていたとき小学校高学年だった娘がすでに、中学を卒業する年令になっていました。

「中学」といえば、自分自身を振り返ってみてもなかなか辛かった時期。

私の場合、特に、いじめられていたとか、先生がいやだったとか、特別な何かがあったわけでもないのですが、それでも“なかなか苦しい”“楽しくはない”そんな中学生活でした。

勉強でつまづくこともなく、部活動や学校の活動では活躍する立場、先生方や大人からは信頼されていて、同級生ともそれなりに楽しげに過ごしていた…にも関わらず、です。

当時の私の心の中といえば、まさに「グレー」。「違う環境にいきたい」「高校生になったら…」「大人になったら…」と期待してみたり、同時に「違う環境にいっても…」「高校生になっても…」「大人になっても…」と不安や絶望に襲われたり、大きく揺れ動いたりしながら、ぼんやりとした心もとなさを抱えていたように思います。

 

そして、あのころの私と同じ年令になった娘を見ていても、時代は変われど、やはりあの苦しさは変わっていないようでした。

娘だけではなく、周りの子たちも、テレビのニュースで見かける子たちも、さらに、子どもだけではなく若い人たちも、大人も、みんな同じ“息苦しさ”を感じているように見えました。

 

実際に時々、相談にきてくれる子もいましたが、私はただ、話を聞いたり、一緒に涙を流したりするばかりで、それ以上のことは何もできません。「今感じているよりも、世界はもっと広くて、いろんな人がいて、いろんな出会いがあってね…」とそんなことを伝えてみたいと思うけれど、いざ言葉にするとなんだか違うもののようで、うまく伝えられず…。

 

それでも、なんとか……そう、なんとか…。

“諦めないでほしい…”

 

言葉にならないそんな想いを伝えるためにも、改めて、『ぼくはここにいる』が必要だと思いました。

そこですぐに、もう一度、さなともこさんに連絡。

あまりに必死だったので、どんな言葉で、どんなふうに伝えたのか全く覚えていませんが、さなさんがようやくうなづいてくれました。

 

そうして、やっとやっと、生まれた一冊です。

 

14才のボクは、ときどき、息のしかたがわからなくなる。クラスの中に存在しない者のようになっているボクは、ついに、水の中でおぼれるようにして教室の中でおぼれた。

「もうこれ以上、何かが起こるのはいやだ。このままでいい。いや。このままじゃいやだ。でも、どうしたらいいかわからない。どうしたいのかもわからない。ただ、(死にたい……)とだけは、ときどき思う。」

両親が不在の夜、14階建てのマンションの屋上で、フェンスを登ったボクに、「死ぬつもりでっか?」と、声をかけてきたのは、“ホシ”だった。ボクの命を預かる、と言ったホシは、ボクを背中に乗せ、夜の空へと連れていく。

ホシとさまざまな言葉を交わしながらの夜空の散歩で、ボクの心は少しずつ変わっていき…、やがて訪れるホシとの別れのとき。会いたくなったときに唱える言葉を残し、ホシは、また見えない星となり、帰っていった。

『ぼくはここにいる』

あとがきにはこのような文章も添えられてあります。

 

「…。十代なかばのころは、大海に泳ぎだしたウミガメの子のように危なげでした。広い海を前にすると、あまりに自分の存在が心もとなく、どこへ向かって泳いでいったらいいのかと途方にくれたものです。…。がむしゃらに手足をバタバタさせて、ますます溺れそうになったり、しこたま塩水を飲みこんで、こんな苦しい思いをするのなら、いっそ溺れてしまいたいと思うこともありました。
そんな自分を思いだすとき、まだ海の美しさも知らないうちに、まだ泳ぎの楽しさも知らないうちに、どうか溺れてしまわないで、と若い人たちに伝えないではいられません。」

 

 

子どもや若い人たちはもちろん、大人の方にも、“なにか”を手渡してくれると思います。今、ボクと同じように「息苦しさ」を感じている方もきっといるでしょう。溺れてしまう前に、どうか、あの言葉を言ってください。いつか、「ここにいるぼく」が当たり前になる日がきます。だからそれまでは…

 

多くの方に、この本が届くことを願い、2018年に「童話館ぶっくくらぶ通信」で掲載した、作家のさなともこさんと、画家のかみやさんの、スペシャル対談を編集し、次回から複数回にわたってご紹介します。楽しみにお待ちください。

 

インタビュアー:童話館出版 編集企画室室長 川口かおる

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